日本遺族会では、青年部が平成29年3月に結成後、初めて単独での青年部研修会を11月23日に33の支部より孫、ひ孫、甥、姪、オブザーバーなど含め68人が相集い、開催した。
研修会は午後1時、靖国神社・靖国会館に参集し同10分、西山尚利副部長の進行で古賀千幸副部長の開会の辞で始まり、最初に水落敏栄会長に代わり宇田川剱雄副会長が挨拶。続いて辻正人青年部長、来賓の山口建史靖国神社宮司が挨拶。市来健之助副会長、畔上和男専務理事を紹介した。
日程説明後、参加者は靖国神社参集殿へ移動、奉告参拝後参加者全員で本殿に進み玉串を奉奠した。
参加者は遊就館に移動、案内人のもと館内展示物を視察。その後、徒歩にて昭和館へ移動し、学芸員の案内にて館内視察を行った。
更にKKRホテル東京に移動した参加者は、6時より岩村誠幹事の進行で懇親会を開催。懇親会では水落会長が「戦争の悲惨さを語り継ぎ、世界の恒久平和を希求する活動を青年部と共に活動していきましょう」と挨拶した。
青森県遺族連合会が主体となり、全国の事務局長・事務局職員、本会から畔上和男専務理事ら43人が参加して、令和元年度事務局長・職員研修会が、青森市の「ホテル青森」で9月26、26日の両日開催された。
開会式では、はじめに、畔上専務理事が水落敏栄会長に代わり挨拶に立ち「令和に入っての初めての研修会となりますが、今回は28都道府県の方々にご参加いただき感謝いたします。それぞれの支部のおいても、実務、運営等まさに事務局の皆様が要であります。しっかりと種々、情報共有しながら各支部の遺族会の発展と、日本遺族会の今後の事業等々にご理解、そしてご尽力賜れば幸いに存じます」と述べた。続いて、山田周二(宮城県)事務局長協議会幹事長が挨拶。また、齋藤文昭(青森県)理事長が挨拶した。
研修会は山田幹事長が座長となり進められ、英霊顕彰運動、処遇改善運動、今後の遺族会を考える特別委員会アンケート結果等が議題としてあがり、特に青年部の活動や遺骨収集の今後について多くの質問があり、意見が交わされた。最後に、遺族会の運営等、より一層難しい状況が予測されることから、引き続き本部・支部が連携強化を図り、懸案事項解決に取り組んでいくことを再確認し研修会は終了した。
夕刻から開催した懇親会には、東京から水落会長が駆け付けた。参加者はそれぞれの支部が抱える問題等について意見を交換し親睦を深めた。
財務省は、8月30日に提出された各省庁の令和二年度概算要求の総額を104兆9千9百98億円と発表した
本会関係では、戦没者等遺族に対する特別弔慰金の支給に係る支給事務費(支給対象件数、約85万件)12億2千8百万円、遺骨収集事業等の推進として、本年度予算額に対し6億8百万円多い、29億6千9百万円、全国戦没者追悼式への国費参列遺族の増員(各都道府県55人→60人)、昭和館設備の特別修繕費に係る経費一億千百万円など本会の要望事項がほぼ盛り込まれている。特に、遺骨の鑑定などに係るDNA鑑定機器の導入経費や、遺骨鑑定人の現地調査費用、戦没者遺骨に関する研究の推進として形質人類学的鑑定(注・人骨の形態を基に性、年齢、祖先集団などを判定する手法)に係る費用などが大幅に盛り込まれた。
しかし、財務省は「施策の優先順位を洗い直し、無駄を徹底排除しつつ、予算の中身を大胆に重点化する」とし、年末の予算編成に向けて各省庁の要求を厳しく査定する方針を示している。このため、本会では各支部に対し、要望事項の完全実現に向けてそれぞれの地元における取り組みとして、「地元選出自民党所属国会議員」等に面会し、戦没者の処遇改善に関する本会の要望に理解と協力を求め、次年度政府予算に計上されるよう、全国の戦没者遺族が総力を結集し、年末まで運動を展開して行く。
日本遺族会が厚生労働省から委託を受け、日本政府がロシア連邦サハリン州スミルヌイフ地区ポペジノに建立した「樺太・千島戦没者慰霊碑」の維持管理状況を調査するため、8月20日から24日までの五日間、水落敏栄本会会長、他事務局職員1人を派遣した。
一行は8月20日、成田空港からユジノサハリンスクに到着。翌21日、小西克己在ユジノサハリンスク日本国総領館副領事の同行を得て慰霊碑調査に向かった。
22日、慰霊碑の維持管理を担うスミルヌイフ市役所を表敬、ベロババ市長らと慰霊碑維持管理について意見交換した。その後、ポペジノ村にある慰霊碑に向かい調査を実施。毎年積雪の影響を受け慰霊碑の床面が傷んでいたが、今年は事前にペンキが塗られ、概ね良好と判断した。午後には、ベロババ市長らに調査結果を報告し、今後の慰霊碑の維持管理を要請した。
ユジノサハリンスクに戻った調査団は23日午後、サハリン州政府文化局を訪ね、平野隆一在ユジノサハリンスク日本国総領事同席のもと、ニコリナ文化・公文書副大臣らと会談を行なった。水落会長から「今後も慰霊碑の管理や、戦没日本人の遺骨の収集にサハリン州政府の支援願いたい」と要請した。
同夜には、樺太・千島戦没者慰霊碑を建設する際、当時、現地政府の窓口となったベラノーソフ元州副知事、ドロフスカヤ元観光局長を招いて、今後も慰霊碑の維持管理、遺骨収集促進に向けサハリン州政府への助言等依頼した。
遺骨収集本来の在り方を望む
厚生労働省は、先の大戦の戦没者のご遺骨の収集方法等に関し、関係者の合意形成と広く国民の理解を得るため、有識者、遺族及び遺骨収集の担い手や専門家からなる「戦没者の遺骨収集の推進に関する有識者会議」を設置し、遺骨収集の在り方等について検討し、この程、中間とりまとめを厚労省に提出する事となっていた。本会は、この検討会議において議論されたDNA鑑定等の今後のあり方について遺族の心情に配慮していると言い切れない部分があることから、意見表明をした。
この有識者会議は「戦没者の遺骨収集の推進に関する検討会議(座長=増田弘・平和展示資料館名誉館長、立正大学法学部名誉教授)」で、水落敏栄本会会長(参議院議員)が中心に議員立法として平成28年3月に施行された「戦没者の遺骨収集の推進に関する法律」に基づいて、本年5月に厚生労働省内に設置された。(本会からは、畔上和男専務理事。遺骨収集経験者として、岡山県遺族連盟理事、笠岡市遺族会会長・秀平良子氏の両名が参画)
遺骨収集を「国の責務」とし、平成28年度から令和六年度までの九年間を遺骨収集の集中実施期間と定め、この法律の下に日本戦没者遺骨収集推進協会が設立され、事業は進められている。
検討会議では、集中実施期間からの三年間を検証し、今後六年間どのように遺骨収集事業を行っていくべきかを中心に検討していた。
戦後70年以上が経過し、関係者の高齢化に伴う遺骨情報の減少に加え、現地の環境の変化等により遺骨収集数の減少が指摘されていた。
そうした中で、遺骨を遺族に返還するために、平成十五年度から国費によるDNA鑑定(遺留品等がある場合が条件)が実施されていたが、近年の法医学鑑定技術の進歩等を踏まえ、遺留品等がない南方等戦闘地域の遺骨についてもDNA鑑定を拡大すべく、有識者や遺族、遺骨収集参加者、専門家が議論を重ねていた。
この検討会議において、本会は終始「一日でも早く、一柱でも多くのご遺骨を祖国へお迎えすることを第一義として考えてほしい。」と訴え、その上で、DNA鑑定を拡大する為に収集したご遺骨全てを焼骨せずに日本に持ち帰ることは、防疫面における不安、制度面や技術面での課題が解消されていないことや、鑑定後の弔い、処置等の方策が明確でないこと等遺族の心情に配慮していると言い切れないことから、急遽、正副会長が協議を行い、中間取りまとめが厚労省に提出される前に別掲の通り検討会議に、本会としての意見を表明した。
本会は創設以来、旧戦域に眠るご遺骨の収集を国に求め、国と共にご遺骨の収集をけん引してきた。その中で、常に戦没者に敬意を払い、ご遺族の心情を第一に、一日でも早く、一柱でも多くのご遺骨を祖国へお迎えすることを願ってきた。
DNA鑑定を拡大するための取組として、大学機関の体制、人材の育成の充実は望むところであり、決して反対ではない。
しかし、焼骨せずにご遺骨を国内に持ち込むための防疫面の不安、鑑定後のご遺骨をいかに弔うかなど検討すべき項目は多岐にわたり、今回の提言取りまとめは拙速であると言わざるを得ず、本意見の表明となった。
なお、検討会議の中間取りまとめ案については、議長預かりとなった。
また、令和7年度以降の遺骨収集については、遺骨の情報が得られる限り継続される事が確認されている。










