きょう 〜遺族会の活動〜

靖国神社 春季例大祭を盛大に挙行

靖国神社では4月21日から23日までの3日間にわたり、246万6千余柱の「みたま」を慰霊し、平和を祈念する春の例大祭が盛大に執り行われた。例大祭は4月21日午後3時の「清祓」で始まり、翌22日の「当日祭」には、全国からご遺族、戦友、崇敬者を始め各界代表者ら778人が参列して執り行われた。
当日祭は、午前10時、南部利昭宮司以下の神職がご本殿に進み、国歌斉唱、御扉開扉に続き、國學院大學吹奏学部が「山の幸」を演奏するなか、神饌を供え、南部宮司が祝詞を奏上した。午前10時30分には、天皇陛下より遣わされた勅使・筑波和俊掌典が参向し、神前に御幣帛を供え、御祭文を奏上した。勅使下向後、國學院大學フォイエルコール混成合唱団が「鎮魂頌」、「靖国神社の歌」を奉唱し、続いて遺族代表として増矢稔日本遺族会副会長が本殿に進み玉串を奉奠し拝礼した。その後、堀江正夫「英霊にこたえる会」会長、矢田部正巳神社本庁総長、面山千岳全国護国神社会会長、藤本良爾靖国神社崇敬奉賛会常務理事らが、それぞれ玉串拝礼を行った。
22日午後には、三笠宮殿下が昇殿参拝され、遺族らに親しくお声を掛けられた。
また、当日祭が始まる2時間前の午前8時、超党派の国会議員でつくる「みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会」は、尾辻秀久日本遺族会副会長(自民党参議院議員会長)、水落敏栄常任顧問(参議院議員)をはじめ、自民党、民主党、国民新党、無所属の衆参国会議員ら157人(本人63人)が揃って靖国神社に昇殿参拝をした。

平成20年度 政府予算成立 慰霊事業実施へ

「平成20年度一般会計予算」の政府案が平成20年2月29日衆議院を通過したが、3月28日参議院では否決された。衆参両院の議決が異なったため、衆参両院議員協議会を開催し協議したが整わず、憲法60条により衆議院の議決を優先することで、一般会計総額83兆613億円の政府原案は成立した。
平成20年度政府予算に計上された日本遺族会関係項目は以下の通りとなった。

  1. 恩給年金等
    年額の基礎となる仮定俸給は昨年同様に据え置かれたが、特例扶助料の最低補償額は4,800円引き上げられ153万3,500円となり、支給率は公務扶助料の80%に引き上げられた。(遺族加算を含む)
  2. 厚生労働省関係
    「戦没者遺児による慰霊友好親善事業」は、前年同額の3億800万円となり、旧戦域の14地域に派遣することとなった。(海外における民間建立慰霊碑等整理事業含む)
  3. 遺骨収集関連事業
    「海外未送還遺骨の集中的な情報収集」の2,900万円を含め2億4,000万円となり、前年同様、フィリピン、東部ニューギニア、ソロモン諸島の3地域を実施することとなった。
  4. 政府主催の慰霊巡拝(費用の1/3を政府が補助)
    フィリピン、パラオ諸島、マーシャル・ギルバート諸島、東部ニューギニア、インドネシア、ビスマーク・ソロモン諸島、中国、硫黄島、ロシア(ハバロフスク地方、沿海州、アルタイ地方)、ウズベキスタン共和国の12地域に対して、9,200万円が予算化された。

平成19年度遺族会事業実績報告

平成19年度遺族会が実施した慰霊事業、昭和館の活動などは、ボランティアの方々や、各都道府県遺族会の協力を得ながら進められた。特に昨年は日本遺族会創立60周年を記念して、本土防衛の最前線として戦い、玉砕した島「硫黄島」に、古賀誠会長をはじめ各都道府県遺族会の代表を派遣した。
平成19年度の日本遺族会の慰霊事業は次の通り実施された。
平成20年2月、日本遺族会創立60周年記念事業として、硫黄島戦跡慰霊巡拝を実施し、また現地の遺骨収集現場等を視察した。
慰霊友好親善事業では、15地域に19回派遣し、811人の遺児が参加した。
遺骨収集事業は、東部ニューギニア、フィリピンからのご遺骨の奉還をはじめ、6地域から486柱のご遺骨をお迎えした。
慰霊碑等整理事業は、フィリピンレイテ島、東部ニューギニア、タイにおいて同意を得た慰霊碑の埋設作業を行うとともに、未把握の慰霊碑が数十基見つかった。
海外未送還遺骨情報収集事業では、ソロモン諸島のコロンバンガラ島等に初めて調査員を派遣し、23柱のご遺骨を確認するとともに、フィリピン、東部ニューギニアにおいても、多くのご遺骨を確認し、厚生労働省に報告した。
平成19年度事業実施一覧
本会巡拝 地域 参加者数
硫黄島 40
1地域 40
慰霊友好親善事業 地域 参加者数
旧満州 30
西部ニューギニア 35
旧ソ連 31
中国 75
マリアナ諸島 47
ボルネオ・マレー半島 21
フィリピン 124
トラック諸島 18
パラオ諸島 10
ソロモン諸島 24
東部ニューギニア 73
沖縄 27
台湾・バシー海峡 23
西部ニューギニア(追加事業) 39
マーシャル・ギルバート諸島 14
東部ニューギニア(追加事業) 27
フィリピン(追加事業) 125
ミャンマー 50
中国(追加事業) 18
15地域、19回 811
遺骨収集事業 地域 派遣人員(収集数)
硫黄島・第1次 4(16)
モンゴル(ノモンハン) 4(26)
沿海州(旧ソ連) 4(93)
硫黄島・第2次 4(2)
ソロモン諸島 3(78)
東部ニューギニア 4(94)
硫黄島・第3次 4(5)
フィリピン 4(152)
硫黄島・第4次 5(20)
6地域、9回 36(486)
民間建立慰霊碑等
整理事業
地域 派遣人員
フィリピン・第1次 2
インドネシア 2
東部ニューギニア 2
フィリピン・第2次 2
タイ・ミャンマー 2
4地域、5回 10
海外未送還
遺骨情報収集事業
地域 派遣人員
フィリピン・第1次 2
東部ニューギニア・第1次 4
ソロモン諸島 2
フィリピン・第2次 2
フィリピン・第3次 2
フィリピン・第4次 2
東部ニューギニア・第2次 4
3地域、7回 18
樺太・千島戦没者
慰霊碑維持管理事業
地域 派遣人員
樺太 2
1地域 2

第225回理事会・第153回評議委員会を開催
日本遺族会61年目を迎えて

平成20年2月28日、日本遺族会の第225回理事会・第153回評議員会が東京・九段会館で開催された。日本遺族会は61年目を迎え、2年に一度の役員改選期にあたる今回の理事会・評議員会。はじめに新理事・新評議員を選任し、続いて正副会長、顧問全員の留任が満場一致で可決承認、ついで監事、専務理事が選任され、常務理事が互選された。
次に、英霊顕彰・処遇改善運動の経過が報告され、新年度の活動方針・事業計画、 九段会館、昭和館の事業計画、各種予算等が審議され、原案どおり了承、会議を終了した。
今回承認された新役員人事。(正副会長・顧問、敬称略)
会 長 古賀 誠
副会長 尾辻 秀久
副会長 森田 次夫(専務理事兼任)
副会長 増矢 稔
常任顧問 水落敏栄
顧問 板垣 正
顧問 末廣 榮
第225回理事会・第153回評議員会全景
第225回理事会・第153回評議員会全景
挨拶をする古賀会長
挨拶をする古賀会長

創立60周年記念事業「硫黄島戦跡慰霊巡拝」

平成20年2月13日、日本遺族会創立60周年記念事業として、厚生労働省と防衛省の全面的な協力を得て「硫黄島戦跡慰霊巡拝」が実施された。
先の大戦で本土防衛の最前線、激戦地となった、小笠原諸島硫黄島。約2万余の尊い命が失われてから早、62年が経過した。
平成20年2月12日、遺族会会長として初の訪問をする古賀誠会長をはじめ巡拝団一行は、九段会館に集合し、結団式を行った。その後、靖国神社に昇殿参拝して慰霊の旅の出発を奉告、その無事を祈願した。 
翌13日早朝、一行は航空自衛隊入間基地からC1輸送機で、本土から1,250キロ南方に浮かぶ硫黄島に向かった。
午前10時35分、同機は硫黄島基地に着陸、一行は滞在時間が限られているため、早速天山へ向け4台のマイクロバスに分乗し出発した。
「硫黄島戦没者の碑」前で午前11時20分から硫黄島全戦没者追悼式を挙行。追悼式には、海上自衛隊硫黄島航空基地隊・川上哲一司令、航空自衛隊硫黄島基地隊・金田久生司令、厚生労働省大臣官房援護担当・荒井和夫審議官、防衛省北関東防衛局・鎌田昭良局長、鹿島建設硫黄島工事事務所・水野次男事務所長らが参列した。
追悼式で古賀会長は、「かつての戦いの場を目の当たりにし、二度とこのような悲劇を繰り返してはならない、戦争の永久放棄を宣言し、世界の恒久平和に努力する」と追悼のことばを述べ、ご英霊に対し感謝と哀悼の意を捧げた。
式典終了後、同島における遺骨収集の状況説明を受け、医務科壕、摺鉢山、日米再会記念碑、鎮魂の丘等を巡拝し、この地に眠る2万余のご英霊をお慰めした。所期の目的を果たした一行は、午後5時、入間基地に無事帰還した。
硫黄島追悼式全景
硫黄島追悼式全景
追悼の言葉を述べる古賀会長
追悼の言葉を述べる古賀会長

日本遺族会創立60周年記念式典
天皇皇后両陛下のご臨席を仰ぎ 厳粛かつ盛大に挙行

平成19年11月27日、東京都千代田区の九段会館ホールで、日本遺族会創立60周年記念式典が、天皇皇后両陛下のご臨席を仰ぎ挙行された。式典には、福田総理をはじめ、三権の長、厚生労働大臣、総務大臣、各界及び47都道府県の遺族代表ら約550人が参列。
午前10時に開式した式典は、畔上和男事務局長と中山仁司福祉事業部長の司会で、靖国神社に鎮まる英霊に感謝の黙祷を捧げ、増矢稔副会長が開式の辞を述べた。 天皇皇后両陛下がホール玄関にご到着になると、正副会長、常任顧問が出迎えられ、式典会場にご案内された。壇上に天皇皇后両陛下がご臨場になられると、皇宮警察本部音楽隊の吹奏にあわせて国家を斉唱し、古賀誠会長が式辞を述べた。
古賀会長式辞
本日、ここに畏くも天皇皇后両陛下のご臨席を仰ぎ、ご来賓の方々ならびに全国の戦没者遺族代表の参列を得て、日本遺族会創立60周年の式典を挙行いたしますことは、本会にとりまして無上の光栄であり、喜びといたすところであります。
顧みますれば、本会の前身であります日本遺族厚生連盟が結成されましたのは、終戦間もない昭和22年11月17日でありました。
当時のわが国は、敗戦による混迷を極めた時代であり、厳しい占領政策の下、戦没者遺族の物心両面にわたる苦境は、筆舌に尽くしがたいものがありました。
しかし、こうした戦後の混乱する社会の中、ひたすら国家の安寧と家族の幸せを願いつつ、尊い生命を国に捧げた亡き夫、父や子、兄弟らの志にこたえるために、私ども戦没者遺族は、一致団結して立ち上がり、互いに扶けあいながら、自ら組織づくりに奔走し、今日の全国組織の基礎を築きました。
爾来60年間、本会は英霊の顕彰と戦没者遺族の福祉向上をはかり、さらには、社会道義の確立、平和国家の建設に寄与することを目的として、渾身の力をふりしぼり、幾多の困難を乗り越えて、真摯に活動を続けてまいりました。
終戦60周年にあたる、一昨年12月には天皇皇后両陛下のご臨席を賜り、婦人部「新たなる出発の集い」を開催し、両陛下から、戦没者の妻の戦後の労苦に対し、労いのお言葉を賜り、両陛下の遺族に対する優しいお心配りに一同涙いたしました。
本日、栄えある創立60周年記念式典にあたり、改めて天皇皇后両陛下のご臨席を仰ぐという、遺族に対する深い思し召しを拝し、私共はただただこの光栄に感謝感激いたしておるところであります。
ここに往時を回顧いたしますとき、今日まで各界、各層の深いご理解とご援助のもと、戦没者遺族が一家を守り、国の再建に初志を貫き通すことができましたことを喜びといたしております。今は亡き先達の方々の並々ならぬご努力に対して、心から敬意と感謝の意を表するとともに、政府、国会、地方自治体をはじめ国民各位から戦没者遺族に寄せられました一方ならぬご配慮に対して、深甚なる感謝を申し上げる次第であります。
戦後60有余年、わが国は目覚ましい経済的発展を遂げるとともに、国際社会の中にあっても、平和国家として重要な役割を担っております。私たち戦没者遺族は、この豊かな生活が、祖国の繁栄と安泰を念じつつ散華された英霊の尊い犠牲のうえに成り立っていることを、決して忘れることなく、今後も志を一層固くし、戦争の無い平和な社会を確立するために、一層の精進、努力をして参る覚悟であります。
終わりに臨み、ご臨席のご来賓、ならびに関係各位の今後一層のご指導ご鞭撻を衷心よりお願い申し上げ式辞といたします。
続いて天皇陛下から戦没者遺族に対するねぎらいのお言葉を賜った。両陛下の深い思し召しに一同は感動に浸った。
天皇陛下おことば
日本遺族会が創立されて60年、本日、全国の戦没者遺族代表と共に、記念式典に臨み、往時をしのぶことに深い感慨を覚えます。
先の戦争において、国のために尽くし、戦火により、あるいは病を得て亡くなった多くの戦没者のことを思うと、戦後60有余年を経た今日もなお心が痛みます。かけがえのない家族を失った遺族の長い年月にわたる苦労には、計り知れないものがあったことと察しています。
先の戦争のことが次第に人々の心から遠くなっていく今日、戦争による深い悲しみを経験した遺族の持つ、戦(いくさ)のない平和な世界実現への強い希求を、戦後に育った人々に伝えていくことは、誠に大切なことと思います。皆さんには、どうか、くれぐれも体を大切にされ、これからの日々を元気に過ごされることを願っております。
日本遺族会が、将来にわたり、遺族皆の支えとなり、遺族の福祉の一層の充実に寄与していくことを希望し、式典に寄せる言葉といたします。
天皇陛下のおことばに続いて、福田康夫・内閣総理大臣、河野洋平・衆議院議長、江田五月・参議院議長、島田仁郎・最高裁判所長官、全国知事会代表の麻生渡・福岡県知事が順に祝辞を述べられた。
その後、舛添要一・厚生労働大臣から本会に対して長年の遺族援護や政府事業への協力に関して感謝状が贈られた。
次に、日本遺族会の会長表彰が行われ、被表彰者157人、感謝状受賞者2人を代表して前田直太佐賀県遺族会会長が、壇上で表彰を受領した。
天皇皇后両陛下のご退場に際して、会場から自然に両陛下への万歳三唱が沸き起こると、両陛下はにこやかに会釈をされた。
森田次夫副会長が閉式の辞を述べ、午前11時、式典を終了した。
式典終了後、会場では、会長表彰の被表彰者、感謝状受賞者の名前が紹介され、その後参加者一同は皇宮警察本部音楽隊の奏でる6曲の演奏を堪能した。

日本遺族会創立60周年事業 物故者慰霊祭、記念祝賀会を開催

日本遺族会創立60周年記念式典が挙行される前日の平成19年11月26日、東京都千代田区の九段会館鳳凰の間で、物故役職員慰霊祭が開催された。
村上克己受付課長の司会により、平成14年9月からこれまでの5年間に逝去された物故役職員69柱の慰霊祭の開式が告げられ、祭始めの楽が奏でられるうちに式は始められた。
「修祓」、「招魂」、「献饌」の儀と進み、山口建史・靖国神社権宮司の厳かな「祝詞奏上」に続いて、古賀誠会長が「祭文」を奏上。続いて玉串奉奠にうつり、山口権宮司、古賀誠会長が玉串を奉奠。 つぎに33柱40人のご遺族が5人ずつそれぞれ玉串を奉奠。その後、森田次夫副会長、増矢稔副会長、板垣正顧問、末廣榮顧問が続き、理事・支部長を代表して上村祥子理事(鹿児島)、監事を代表して渡辺泰監事(山梨)、事務局職員を代表して畔上和男事務局長が、玉串を奉奠し、関係者は自席で拝礼した。
続いて、「撤饌」、「送魂」の儀が行われ、神職は退下された。
その後、物故役職員のご遺族代表として、故堀江祥子元三重県遺族会副会長のご遺族堀江良秋氏が謝辞を述べられ、物故役職員慰霊祭は滞りなく終了した。
また、慰霊祭終了後、午後5時からは記念祝賀会が開催された。
中山仁司福祉事業部長の司会で開演した祝賀会は、増矢稔副会長の開演の挨拶、森田次夫副会長が本会を代表して挨拶、続いて来賓の津島雄二遺家族議員協議会会長、麻生渡全国知事会会長の祝辞をいただいた。
つぎに、司会者から出席した国会議員の先生方の紹介が行われ、水落敏栄常任顧問の乾杯の発声で祝宴に入った。
途中、谷垣禎一自民党政務調査会長、古賀誠本会会長、茂木敏充厚生労働委員長、細田博之自民党幹事長代理の挨拶をいただいた。
ご歓談をいただいた後、岸本清美常務理事が万歳三唱を行い、記念式典前夜にふさわしい祝賀会は、楽しく、なごやかな雰囲気の中、午後6時30分終了した。

全国戦没者追悼式

お言葉を述べられる天皇陛下
おことばを述べられる天皇陛下
終戦記念日の8月15日、東京・千代田区北の丸の日本武道館で、天皇皇后両陛下のご臨席を仰ぎ、政府主催の「全国戦没者追悼式」が執り行われた。追悼式には、遺族ら約6,000人が参列し鎮魂の祈りを捧げた。
式典は、午前11時50分より開始され、参列者全員が起立し柳澤伯夫厚生労働大臣(当時)の先導で、天皇皇后両陛下がご入場し壇上に進まれた。
国家「君が代」を斉唱したのち、安倍晋三内閣総理大臣(当時)が、戦没者と諸外国の犠牲者に対し「深い反省と共に犠牲となった方々に謹んで哀悼の意を表します」と式辞を述べた。
次に両陛下が標柱の前に進まれ、正午の時報に合わせ、参列者と共に戦没者に1分間の黙祷を捧げ、引き続き天皇陛下からおことばを賜った。
この後、河野洋平衆議院議長、江田五月参議院議長、島田仁郎最高裁判所長官、戦没者遺族を代表して、秋田県の高桑國三氏が追悼の辞を述べた。
両陛下がご退席された後、奏楽の中、内閣総理大臣、衆参両議院議長、最高裁判所長官、各政党の代表、古賀誠日本遺族会会長、各都道府県遺族会代表、一般戦災死没者遺族代表、原爆死没者遺族代表、厚生労働大臣などが壇上に進み、黄菊を一輪づつ献花を行い、12時50分式典を終了した。
今回で45回を数える戦没者追悼式。参列遺族の最年長者は101歳で戦没者の母、最年少者は10歳で戦没者のひ孫であった。

遺骨 66年ぶり遺族へ DNA鑑定で身元判明

終戦後、シベリアで抑留中に死亡し、現地に埋葬されていた遺骨が厚生労働省のDNA鑑定の結果、身元が判明し遺族に手渡された。
身元が判明したのは、島根県江津市出身の故・浅野勝さん (当時37歳)。
勝さんは昭和16年に召集され、旧満州、現在の中国東北部に出兵。終戦後シベリアに抑留され炭鉱や鉄道建設作業等に従事した。昭和22年、37歳の若さで亡くなり、アムール州ザビタヤの第2017特別野戦病院埋葬地に埋葬された。
遺骨伝達式は平成19年6月13日に島根県民会館で行われ、66年ぶりに息子の浅野芳友さんら遺族と対面し、県福祉部次長から遺骨が手渡された。
芳友さんは、平成8年の日本遺族会主催ロシア地域日本人墓地墓参団に参加し、勝さんの埋葬地に訪れ手を合わせられている。
遺骨伝達式後、芳友さんは「遺骨が見つかるとはとても思えない場所だった。こうして抱かれて父も喜んでいると思う」と話した。
厚生労働省では、平成15年度より遺族の希望に応じてDNA鑑定で遺骨の身元を調べている。
これまで遺族の元に還った遺骨は、414柱となっている。